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響様リクエスト
九琉学園
京介×圭志で、社会人になって高校の時とはまた違う大人な関係な話。裏は有り無しどちらでもOK







閉め切られたカーテンが外からの光を受けて淡い光を孕む。
まだ薄暗い部屋の中で小さな寝息が一つ、存在を主張するように置かれた大きなベッドの中から聞こえた。

シンと静まり返った室内にカチャリとドアノブを回す音が響く。ゆっくりと開けられたドアから室内に明かりが射し込み、空気が優しく揺れる。

室内へと足を踏み入れた人影はナイトテーブルに灯されていた明かりを消すと布団にもぐり込んだまま起きてこない人物へ声をかけた。

「朝だぞ、圭志」

「ん…」

微かに漏れた声にベッドの脇に立った京介は圭志の被っていた布団を捲る。
するとぼんやりと目を開けて見上げてきた圭志と視線がぶつかった。

「きょう…」

まだどこか寝惚けている様子の圭志に京介は右手を持ち上げ、少しだけ跳ねている圭志の髪に指先で触れる。そのままその指先を圭志の頬へと滑らせた。

「起きろ…圭志…」

身を屈め、言葉とともに唇を落とす。

「ん……はよ、京介」

あまり寝起きのよくない圭志はその感触を受け止めながら鈍い動作で身体を起すと、離れていこうとした京介を引き留め自然な動作で口付けを返した。

「ン…」

「…顔、洗ってこい」

触れるだけで離れていった唇が圭志を夢から現実へと誘う。

「もう飯出来てるからな」

カーテンを開け、声をかけてから寝室を出て行った京介の背を見送り圭志もベッドから足を下ろした。

「…何か懐かしい夢見た気がする。…何だったかな?…忘れちまったな」

京介が触れた髪に触れ、ふっと表情を柔らかく崩すと朝の支度をする為に圭志も寝室を出た。

…あれから何年経ったか。
九琉学園を卒業し、大学へと進学した圭志と京介はそのまま家には戻らず大学近くにあったマンションを二人で借りた。間取りは2LDKで、大学を卒業して社会人なった今も同じマンションで二人は一緒に暮らしていた。

そしてお互い今は家の経営する会社に勤めている。縁故入社ではあるが新人なことに変わりは無く、共に身内だから甘くしてくれる親でもなく、それぞれ同僚となった他の新人達同様ビシバシとしごかれていた。
仕事に慣れるまでの一年は何かと大変だった。

顔を洗ってスッキリした圭志は一度寝室に戻ると、今や着なれてしまったスーツに着替える。上着とネクタイはつけずに、シャツのボタンは上二つを開けたまま。

上着を片手にリビングに顔を出せば先に席に付いていた京介が珈琲カップ片手に圭志に気付く。

「悪い。もしかして待ったか?」

「お前の寝起きの悪さは今に始まったことじゃねぇだろ」

苦笑する京介の向かい側の椅子を引き、その背に上着を掛けて圭志は椅子に座った。

テーブルの上に目を向ければ美味しそうなベーコンエッグトーストが二人分、出来立ての状態で皿に盛られて置かれていた。

「ん…?出来立て?」

「本当はお前が寝室を出てきてから作ったんだ。何でも出来立ての方が美味いだろ」

「あぁ…なるほどな」

自分のことを良く分かってる京介に圭志は苦笑混じりに、けれど口端を緩めて嬉しそうに笑う。

こうして京介が朝食を用意するのも昔じゃ考えられなかったことだ。

自分の分の珈琲は自分で淹れ、圭志はいただきますと手を合わせた。

トーストを食べながら、圭志が思い出したようにテーブルの片隅に置かれていたリモコンでテレビのスイッチを入れる。
特に決まったチャンネルがあるわけでもなく、適当にチャンネルを回してリモコンを置いた。

その時ちょうど始まった天気予報に圭志はふと京介を見る。

「今日、金曜か。てことはお前も明日休み…だよな?」

「あぁ」

頷いてちらりと返された視線に圭志は珈琲カップに口を付け、何事か考えるようにやや瞼を伏せた。その様子に圭志が口を開くより先に京介が言う。

「久し振りに何処か出掛けるか?」

いきなり振られたデートの誘いに圭志はきょとんとして、それからゆるゆると表情を崩す。

「日帰りも良いけど何処かで一泊してってのも良くないか?」

「そうだな。なら、車で行ける範囲で行きたい所考えとけ」

「俺が?」

「お前に聞かないでどうする。俺は別にお前が居れば何処だって構わねぇしな」

さらりと当たり前の事の様にそう口にして京介はトーストを口に運ぶ。
こうやって、ふとした会話に自然に気持ちを織り込んでくる京介に圭志は飽きず微かに胸を高鳴らせる。けれども圭志は昔からの癖でつい、何でもない顔をして会話を続けた。

「それなら少し足を伸ばして温泉にでも行かないか?あの県境にある」

「…七泉温泉か」

「そ。どっか外で昼食べてさ。街中に行くよりゆっくり出来るし、そこで一泊」

圭志はカップを置くとトーストに手をつけながら京介の返事を待つ。

「それでいいなら予約を取っておくが」

「ん、頼む」

そうして和やかに朝食を終え、使用した食器などを圭志が纏めてキッチンに運ぶ。その間にソファの背に外して掛けて置いたネクタイを締め、京介はスーツを羽織った。

「圭志、今日はどうする?」

身支度を整えながらキッチンに向かって京介は声をかける。
腕捲りをし、スポンジを手に取った圭志はやや間を開けてから答える。

「今日はいい。外に出る用があるから、もしかしたらそのまま直帰するかもしれねぇし。お前は?」

「午後に会議があるぐらいで他は通常業務だ。急な変更がなければな」

水道のレバーを僅かに押し上げてお湯を出す。スポンジに洗剤をつけ、食器を洗いながら圭志は会話を続けた。

「そういや来週あたり仕事でお前の所に顔出すかも」

「例の合同プロジェクトか…」

「そ。前回はうちでやったから次はそっちでだと。あちこち行くよりどっちかに統一してやりゃいいのにな」

「色々事情があるんだろ」

でも、そうだな…と京介は相槌を打って言う。

「お前が来ると女性社員がやたら騒がしくなって煩い」

「それは俺の所も一緒だって。神城の御曹司が来たってな」

話ながら圭志は付けっぱなしにしていたテレビをちらりと見る。

「もう行く時間か?」

「あぁ」

レバーを下ろし、お湯を止めた圭志は掛けてあった手拭きで手を拭くとキッチンから出て鞄を手にした京介の側へ歩み寄った。
そして、玄関まで出て京介を見送る。

「いってらっしゃい」

それにドアを押しながら振り返った京介はふっと表情を緩め、一言応えて家を出た。

「お前もな」

その後、暫くしてからネクタイとスーツを身に付けた圭志も会社へと出勤して行った。









翌日、昼食を外でとった圭志と京介は約束通り県境にある七泉温泉へとその足で向かっていた。
天候もまずまずの空で、共にラフな服装に身を包み、京介が運転する車の助手席に圭志が座る。

「ここまで来ると人家も店も少ないな」

県道から七泉温泉へと続く道へハンドルを切り、流れて行く景色に京介が口を開く。

「その分静かでいいんじゃねぇの」

同じく窓越しに流れて行く景色を眺めながら圭志はふぁっと小さく出た欠伸を噛み殺し、右手で口を押さえた。

「眠いなら寝ててもいいぞ。着いたら起こしてやる」

「…ん、でも寝たらもったいねぇだろ。お前がいるのに」

窓の外から京介へと視線を流した圭志は前を見据える精悍な横顔を見つめ瞳を細める。

一緒に暮らしているとはいえ、各自仕事も持っているので昔より一緒にいて何かをするという時間は減ってしまった。
けれどそう悪いことばかりでもなくその分、お互い相手を想う気持ちに素直になれた。

するりと心へ届いた言葉と横から感じる熱い視線に京介も口許を緩めて返す。

「最近はまた忙しかったからな」

道路脇に見えてきた案内標識に従い京介は右へとウインカーを出し、幅員が減少した細い道を右折した。
そして、道を進むにつれ徐々に増えていく緑とその間からちらちらと建物が見えてくる。

「あれか…」

どこか歴史を感じさせる昔ながらの和風建築で建てられた旅館。どっしりとした佇まいに、入り口には暖簾、灯籠と狸の置物。足元には石畳が敷き詰められており、玄関脇には小さめの鹿威しがカコンと水を落としている。

情緒ある雰囲気を醸し出しす旅館の名前は七泉宿。
古くからある建物を再利用して運営するこの旅館は木造二階建てで、本館に離れが二つと内風呂、露天風呂、散策も出来る四季折々の花が植えられた広い中庭がある。出される料理が美味しいのももちろんのこと隠れ宿としても密かに人気が高かった。

車を駐車場に入れた京介と圭志はさっそく旅館の中へと入る。出迎えに出てきた仲居に部屋へと案内され、簡単に挨拶と説明を受けた。

部屋は二間続きの和室十二畳に床の間、露天内風呂付きで内風呂は桧風呂だ。

「離れか。前日でよく予約取れたな」

仲居が下がり、座椅子に座った圭志はお茶を淹れながら感心したように言う。それに、机を間に挟み、圭志の向かいの座椅子に腰を下ろした京介が答える。

「ちょうどキャンセルが出たんだ。まぁ元から離れをとろうとは思ってたからな、使わない手はないだろ」

「ん…」

お茶を注いだ湯呑みを京介の前と自分の前に置き、急須をお盆の上に戻してまずはお茶で一息吐く。
視線を右へ動かせば開かれた障子の奥、間に窓硝子を挟み、風情ある枯山水の庭が見えた。

「気にいったか?」

湯呑みに口を付けた京介は庭に視線を移した圭志の様子を眺め、聞く。

「…中々良いんじゃねぇの」

同じように湯呑みを傾けた圭志は口許を緩め、機嫌良さそうに頷き返した。

客室に付いている内風呂、露天風呂以外にも別館に露天風呂があり二十四時間入れるようになっている。また、食事は基本的に部屋食で、夕食は18時より21時。朝食が8時で、昼食は11時より14時。

仲居から受けた説明を反芻して圭志は京介へと視線を戻す。

「この後どうする?」

今はまだ14時を少し過ぎたところで。夕飯まではまだ時間がある。

「とりあえず風呂にでも入ってその後部屋でゆっくりするか」

コトリと、空になった湯呑みをテーブルの上に置いて、京介は部屋に用意されていた浴衣一式とタオル、バスタオルを手元に引き寄せた。

「そうだな。なら別館にある露天風呂に行ってみねぇか?部屋の方は何時でも入れるし」

「……いいぜ」

「何だその間は」

湯呑みをテーブルに戻し、用意されていた浴衣一式とタオル等を手に立ち上がった圭志は妙な間を開けて返した京介を訝しげに見返す。
すると何故か京介は圭志を見つめ返し、頭から足先まで視線を動かすと独り言のように呟いて座椅子から立ち上がった。

「まぁ、昼間ならそんなに人もいねぇし良いか」

「………」

耳を傾けていた圭志は落とされた呟きに思わず口を閉ざす。

「行くぞ」

「……おぅ」

不意を突かれて零された独占欲にどうしようもなく心が揺さぶられる。人の気も知らず背を向け部屋を出る京介の後ろ姿を圭志は自然と目で追っていた。

「…それは狡いだろ京介」

「ん、どうした?置いてくぞ圭志」

「今行く」

離れを出て、肩を並べて廊下を歩く。
途中、老夫婦と擦れ違ったりもしたが圭志達の様に若い客とは行き合わなかった。

入口に掛けられた男女別の暖簾をくぐり、脱衣所に入れば脱衣所の右手側には木製の棚が設けられており、中には藤の籠が用意されていた。

一旦籠の中にタオルとバスタオルを置き、着ていたシャツに指を掛ける。
棚の中をざっと見た感じ、他に入浴している客はいないようだった。

服を脱ぎ、タオルを手にカラカラと露天風呂と脱衣所を繋ぐ硝子戸を開ける。戸を開けた瞬間ふわりと漂う熱気に微かに混じる硫黄の臭い。
露天風呂は岩風呂で乳白色の色がついており、入り口脇には大きな岩が鎮座していた。

軽くお湯で体を流し、お湯に入った圭志は緑溢れる周りの風景を眺めながら小さく息を吐く。
その隣へ身を浸からせた京介は誰もいないことを確認すると圭志の肩に左手を回し軽く引き寄せた。

「きょ…」

「いいだろ、少しぐらい」

そうして流した眼差しと言葉で圭志の台詞を遮ると湯に濡れたこめかみに口付ける。そのまま、見返してきた目元に唇を寄せ圭志の唇を塞いだ。

「んっ、ン…」

やんわりと触れた唇は柔らかく熱を帯びていて熱い。誘うように薄く開いた口内へするりと舌先を滑り込ませ、愛しげに瞳を細めた京介はちゃぷりとお湯から持ち上げた右手を圭志の後頭部に添え口付けを深めた。

「ん…ぁ…きょ…ぅン…」

こんな場所でと咎める眼差しを黙殺し、奥に逃げようとした舌を絡めとる。

「…ふっ…ッ…ン」

「圭志…」

押し返すように胸に手が添えられるがまったく力は込められておらず、形ばかりの抗議はやがて京介の熱に呑まれた。

「はぁ…っ…ふ…ッ」

仄かに色付く赤い頬に息継ぎの間に熱い吐息が零れる。やがて、その熱に煽られるようにして圭志は京介の胸に添えていた手を京介の首に回した。

「ぅ…ン…っ」

「…圭」

ゆっくり離れた唇を透明な糸が繋ぐ。ふっと息を溢した圭志は熱に濡れた眼差しで京介を見つめた。





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